2021年12月26日日曜日

何年かに1本くらい、親友の数学者の土谷洋平さんと共著で競馬関連の研究論文を書いているのですが、久々の論文がこのほど Journal of Gambling Business and Economics で出版されました!


我ながらとても面白い内容なので、研究背景を解説したいと思います。

「みんな」の勝敗予測能力は驚くほど高い

競馬、競輪、競艇などのpari-mutuel方式の競技はとても興味深いです。(以後、簡単のため競馬の用語で説明します。)pari-mutuel方式の競技である競馬は、勝ち馬券を買った人が、全体の売上を山分けします。みんなが勝つだろうと思った馬の馬券は売れるので、買ったときの取り分は少なくなり、人気のない馬券は取り分が多くなります。驚異的なのは、大体の場合において、「みんな」の集合知的な勝敗予想能力はとても正しくて、たとえば掛金が2倍になるような馬券は統計的にだいたい50%の確率で勝ち、掛金が3倍になるような馬券は統計的にだいたい1/3の確率で勝ちます。つまり勝率と取り分の積、「期待値」はすべての馬券でおおむね1になるのです。ニンゲンの力、すごくないですか?

効率的市場仮説

株式市場などの世界では、「お買得」な投資対象があれば買われ、「売り得」な投資対象は売られて、利ざやは結局ゼロになり、一般人が儲けようとしても儲からない状況となっていると言われており、この言説を「効率的(efficient)市場仮説」と呼びます。


売り買い自由な株式市場と違い、競馬はレース開始時までにプレイヤーができるのは馬券を買うことだけです。そのような非対称性がある中で、それでもすべての馬券の期待値が1になっているなら、これが効率的(efficient)であるということを表しており、興味深いことですね。
これについて、実際の競馬の世界は、efficientとまでは言えませんが、weak efficientである、と言われています。この概念を次に説明します。

控除率、weak efficientとFLバイアス

先程は競馬は期待値が1と言いましたが、それは実は説明のための嘘で、胴元の取り分を考慮していませんでした。実際には、売上から胴元が規定の割合でピンはねし、残りを勝ち馬券購入者で山分けしています。この規定の割合を控除率とよび、日本中央競馬だと25%です。
控除率がαであるとしたとき、競馬の期待値は、efficientな状況なら1ではなく(1-α)となります。実は競馬に興じている「みんな」は、律儀に勝率と取り分の積が1ではなく1-αになる基準で「お買得」な馬券を見出し、そこにお金をつぎ込んで、そして総体としてはお金を順調に失います。(期待値が1未満ということは、続けていればそのギャンブルで負けるということです。そしてすべてのまともな公営ギャンブルは、期待値が1未満です。)
簡単な言葉で言い直すと、「人々は、わざわざギャンブルで損するラインである期待値1-αを基準として、律儀な精度で馬券の買われ具合を調整している」ということなのです。

さすがに律儀になり切れないのか、実際の競馬シーンではFLバイアス、逆FLバイアスという状況が発生します。馬券を「本命(favorite)」と「大穴(longshot)」に分けると、本命があまり売れずお買い得になり、大穴が売れすぎて買い損になる状況をFavorite-Longshotバイアス(FLバイアス)と言います。逆の状況もあって、本命が売れすぎて買い損になり、大穴があまり売れずお買い得になるのが逆FLバイアスです。これらのバイアスが世界の競馬場から見いだされてきました。また、このようなバイアスがある状況でも、お買得馬券の期待値が1を超えることはありませんでした。

すべての馬券で期待値が1-αというわけではないものの、すべての馬券の期待値が1未満である、つまり「若干お買い得馬券があったとしても、その期待値が1以上になることはないので儲からない」という状況が実現しているこの状況をweak efficientであると呼びます。

ガチ勢 vs 余暇勢

「競馬のプレイヤーにはガチ勢と余暇勢の2種類がいて、ガチ勢は儲けを最大化するように、つまりお得馬券を買い尽くして利ざやを消滅させ、期待値1-αのefficiencyを実現する方向に「合理的」に振る舞うが、余暇勢がスリルや射幸心などから非合理的な行動をするため、そこにバイアスが生まれるのである。」これが過去の研究で、FLバイアスや逆FLバイアスの発生理由として示された言説でした。

今回我々が論文で示したのは、「数理シミュレーションしてみたら、プレイヤー全員がガチ勢でも、バイアスが生まれちゃったよ。バイアスは余暇勢が原因で生じる説って、間違ってるかもね。」ということを示したということです。仮にこれが正しいとすると、合理的であろうとする人々のミクロな行動の集積によって、マクロでみると逆に非合理的な現象が生じてしまうということですから、なかなか衝撃的です。さらに我々のシミュレーションでは、「どのくらいガチ勢と余暇勢をブレンドしたときに、最もバイアスが生じにくいか」の検証も行っています。もしかしたら合理性追求のガチ勢の陰で、競馬の律儀なefficiencyの実現に向けて一役買っているのは、馬を愛し、絶叫し涙しハズレ馬券を舞い散らせている、競馬場中継映像でよく見るあの人たちなのかもしれません。

土谷さん、論文執筆と論文投稿を粘り強く続けてくれて、どうもありがとう。